フォーシーズンズホテル丸の内 ジェネラルマネージャー大塚氏に酒碗の話をお伺いしました。
酒碗との出会いで、日本酒と器に対する考え方が180度変わりました。「良い酒器がある」と聞き、まだオープンから半年ほどしか経っていない天酒堂ギャラリーに伺ったものの、「日本酒はワイングラスで飲むのが一番」という思いがあり、半信半疑でした。
しかし実際に手に取って日本酒を飲んでみると、その手触りやお酒の香り、まろやかな味わいに驚きました。ソムリエはワインを分析する仕事なので、抽象的なことはあまり言わないようにしているのですが、この酒碗からは何か見えない力が伝わってくるんです。
ワイングラスでは温度感や触覚⼤切にしますが、酒碗はそれとは全く違うアプローチです。酒碗でお酒を飲むと、器の質感もお酒の一部として感じることができます。あまりの衝撃に、すぐに導⼊を決めました。ワイングラスとワインの関係は、グラスによっておいしく飲めるよう⾹りや味を補正するといった冷静でクリアなイメージです。それに対し、酒碗と⽇本酒の関係はもっと密接でロマンチック。ただ「飲む」だけではなく、酒碗を通して「感じる」へ昇華させてくれるのだと思います。五感を超えた部分でも「器を通して体験する」ことなんだと思います。
自分で選んだ酒碗で日本酒を飲む。新たな体験を提供
初めて酒碗を導入してから2年半が経過しました。当店では取り扱っている日本酒の産地と酒器のルーツを合わせて提供することもあります。例えば、九州の日本酒には福岡県発祥の高取焼の酒碗を合わせるといったイメージです。また、酒碗は日本酒だけに使用するようにし、茶道で見られるような「器を育てる」日本文化も大切にしています。
当ホテルのお客様は約8割がインバウンドの方で、特に日本酒を注文される方は海外の方の比率が高いです。そこで新しい日本酒の飲み方として酒碗をご紹介し、その場で気に入った器を選んでいただいています。お酒や食事と同じく器も、お客様の「この器で飲みたい」という気持ちが一番大切です。
面白いのは、皆様が違和感なく受け入れてくださること。なかには慣れ親しんだワイングラスを選ぶ方もいらっしゃいますが、多くの方が「これが正しい日本酒の飲み方だ」と思われるようです。両手で丁寧に持って飲まれる方が多く、お茶の文化のように受け止めていただいています。
新しい価値を発信するファンダイニングやホテルに最適
酒碗は特に、新しいものを世界に発信するファインダイニングやホテルなどに適していると思います。単に日本酒を提供するだけでなく、新しい体験やその価値を伝えたいお店に最適です。
フォーシーズンズのようなホテルが率先して使うことで、将来的に酒碗が日本酒の標準的な飲み方になっていったら面白いですね。新しいことを先鋭的に発信できる場所で使われることが、酒碗の価値を広める第一歩だと思います。
とはいえ個人的には、宿泊業界のなかで当ホテルがいち早く酒碗を導入したので、あまり広まってほしくない気持ちもあります(笑)。
酒碗の普及が日本酒の世界を変える
酒碗が広まることで、日本酒の世界が変わる可能性を感じています。これまではワイングラスで日本酒を飲む流れがスタンダードでしたが、酒碗が登場したことで全く新しい選択肢が生まれました。酒碗がスタイリッシュに普及すれば、「ワインはグラスで、日本酒は酒碗で」という住み分けができるかもしれません。
一点ものの酒碗は一期一会で、同じものがないのも魅力です。酒碗によって味わいが微妙に変わりますし、器によって季節を表現するなど、より日本らしい楽しみ方ができます。ギャラリーがオープンして約2年半が経過し、作家さんの表現の幅が広がり、初期よりも思い切ったアプローチをされていると伺っています。これからの酒碗の進化が楽しみです。