【インタビュアー】
一点ものの酒碗をリリース後、かなり早い段階でスタンダードタイプのSHUWANの開発に着手されました。スタンダードなものをつくるアイデアは、どのように生まれたのですか?
【庄島健泰さん】
作家渾身の作品である酒碗の最大の魅力は、1点1点味が違うこと。同じお酒であっても酒碗とのセッションが生まれ、その器にしかない味わいを楽しむことができます。
一方で僕は酒屋の仕事をしているので、酒蔵から届くサンプルをテイスティングして、本来の味を理解しなければいけません。酒碗を使うと器の個性が加わる為、冷静なテイスティングには不向きです。
とはいうものの、酒碗以前の器、例えば猪口やテイスティンググラスを使っていては、文化は前進しません。日本酒と酒器の文化の進歩には、新たな基準となる酒器が必要だと考えました。
その時点で1,000碗以上の酒碗に触れていたので、酒碗で飲むお酒がおいしい理由の大きな一つが、液体の流れや香りの対流の「揺らぎ」だと気づいていました。その揺らぎは、一点一点の器の形の揺らぎから来ています。
そこで健太郎さんに「香味に揺らぎを与えながらもテイスティングに耐えうる安定性があって、なおかつ手に届きやすい価格でつくれるものを考えてもらえませんか」とお願いしました。
【村山健太郎さん】
正直、「無茶ぶりが過ぎる」と思いました(笑)。手に届きやすい価格が条件の時点で、まず一点ものは除外で、型でつくるしか選択肢はありません。そこで、デジタルも取り入れた先進的な磁器づくりをしている224porcelainの辻諭君に相談し、何ができて何ができないのか一つずつ検討していきました。
【インタビュアー】
なるほど。SHUWANの形状で特にこだわった点について教えてください。
【村山健太郎さん】
「揺らぎ」は絶対に外せないポイントです。完全な円で揺らぎは生まれないので、味を損ねないよう口の部分は完全な円のままにして、ボディだけを楕円にする案が出てきました。技術的に難しく、辻君と何度も議論を重ねました。
石膏型に泥しょうを流し込む「排泥鋳込み」でつくろうとしたのですが、高台も同時に形成しようとすると必ず見込み(内面底)に段がついてしまう。見込みに段がつくことは、見た目にも味わい的にも認められません。そこで、本体と高台、2つのパーツを後で接着することに。しかし、楕円だと接着が難しく、辻君と試行錯誤して何とか今の形になりました。ディテールにこだわるほどコストが上がりますが、接着、削り、釉がけ、釉仕上げなどきめ細かな作業を含む24の行程全て手作業で行い、クオリティを求める姿勢を貫いてくれたお陰で完成しましました。
【庄島健泰さん】
健太郎さんが図面を引き、辻さんが焼く前に3Dプリンターで形を上げてきたものを使って何度も検討しました。
当初はもっと胴回りが大きく楕円のカーブが強い形だったんです。見た目はかっこいいんですけど、いざお酒を飲んだら「これは違うな」と。揺らぎが強すぎて安定感がない。それから0.5mm単位で少しずつ調整し、最終的にバチっとはまって、揺らぎはあるけど違和感がない絶妙なバランスの「臨界点」に到達しました。
【村山健太郎さん】
図面を引いていて、「考えられる形状の振れ幅は意外と少ない」と感じました。人間の手の大きさには限界があるので、片手で持てる碗となると円の大きさは自然に決まってきます。口の部分も同様です。微調整をかけるしかないので、最終的にものすごくシンプルな黄金比のような形になりました。
【庄島健泰さん】
健太郎さんが設計もできるので、綺麗な数字で構成されているのも、このプロダクトの強みだと思います。
漆器作家の田中瑛子さんは、SHUWANを見て「立体的にものを見えている人にしか作れないデザイン」と言っていました。プロダクトデザイナーが平面で図面を引いて出る形とは違うと。SHUWANは、健太郎さんが陶芸家だからこそ生まれたプロダクトです。
【インタビュアー】
試行錯誤の末に、今の形になったのですね。発売後、どのような反応がありましたか?
【庄島健泰さん】
多くの酒蔵がテイスティングに使ってくれているのが、何よりの答えです。例えば、器文化に精通する松の司の杜氏石田さんは、一点物の酒碗よりもスタンダードのSHUWANの方を評価してくださっています。
石田さんが評価してくれている点でもあるのですが、SHUWANは僕と健太郎さんにしかできない、歴史を変えるプロダクトだと思っています。一点ものの酒碗は僕が思いつかなくても、時代的に必要なものだったので誰かが必ずつくっていたでしょう。ですが、SHUWANに関しては、僕らが切り開いたという感覚が強いです。
【村山健太郎さん】
庄島さんがイメージする「揺らぎ」「安定感」を実現するために、試作とテイスティングを繰り返して、「これしかない」と2人とも納得できる形に落ち着きました。それが多くの人たちに伝わっていることにとても不思議な感じがします。
「酒碗/SHUWAN」は日本酒のインフラであり架け橋
【インタビュアー】
これからのSHUWANの展望についてお聞かせください。
【庄島健泰さん】
ワイングラスはワインにとってインフラです。世界中の造り手と飲み手が、程度の差はあれ「香りのこもるガラス製の足つきグラス」を同じように使用するからこそ、ワインの味わいだけでなく哲学やストーリーがワイングラスに乗って、世界中の人に届き共感が生まれています。
2000年頃から、日本酒をワイングラスで飲む習慣が生まれた理由は、「スマートだから」「吟醸酒の香りが際立つから」などです。しかし、僕はずっとワインのインフラであるワイングラスに相乗りしているような、借り物文化の居心地の悪さを感じていました。
そのまま相乗りしていたら、日本酒は一生ワインに頭が上がらない。そもそもワイングラスはワインに最適化されたものなので、現代の日本酒に最適化された、日本酒のためのインフラをつくらなければいけないというのが、スタンダードなSHUWANに込めた役割であり夢です。
今では多くの酒蔵がSHUWANをテイスティングやイベント等で使ってくれています。世界中どこにいても、SHUWANを使っている蔵の酒を飲めば、造り手と同じ環境で酒を味わえるというのは、ロマンがあると思います。日本酒の造り手と世界中の飲み手をつなぐ架け橋として、どこまで発展させられるか挑戦し続けます。